人生の最終段階が近づいたとき、「急変したら救急車を呼ぶべきか」「施設で穏やかに看取ってもらう方がよいのか」と家族が迷うことがあります。
この問題は、家族がその場で「搬送する・しない」を決めればよいというものではありません。
本人がどのような医療や生活を望んでいるか、主治医がどのような見通しを持っているか、施設内でどこまで苦痛を和らげられるかを確認し、本人・家族等・医療・ケアチームで事前に話し合っておくことが重要です。
また、終末期であっても、骨折や強い苦痛など、病院で治療することで本人の苦痛を減らせる場合があります。反対に、回復が難しい状態で本人が施設で穏やかに過ごすことを望んでいる場合には、救急搬送がその希望と合わないこともあります。
まず結論|救急搬送の希望は「家族だけで二択決定」しない
終末期の救急搬送については、本人の意思を基本に、主治医・施設職員・家族等で事前に話し合います。「救急車を呼ばない」と一律に決めるのではなく、①本人が大切にしたいこと、②病状と回復可能性、③施設でできる症状緩和、④どのような場合は病院治療を希望するか、⑤心肺停止時の方針、⑥夜間・休日の連絡先まで具体化してください。本人の気持ちや病状は変わるため、方針は繰り返し見直し、施設・医療職・家族で共有しておくことが重要です。
終末期の救急搬送はなぜ家族が迷いやすい?
急変時は時間がなく、家族が冷静に考えることが難しくなります。
「何もしないことになるのでは」と不安になる
救急搬送を希望しないと、「治療を放棄するのでは」と感じる家族もいます。
しかし、搬送を控える場合でも、痛み、息苦しさ、不安などを和らげる医療・ケアを続けることはできます。
「救急車を呼べば必ずよくなる」とも限らない
人生の最終段階では、病院へ搬送しても大きな回復が難しいことがあります。
一方で、治療によって苦痛を軽減できる急性疾患が起きることもあります。
家族同士で考えが違うことがある
「できる治療は全部してほしい」という家族と、「本人は病院へ行きたくないと言っていた」という家族で意見が分かれることがあります。
POINT
急変してから家族だけで答えを出すのではなく、状態が比較的安定しているうちに本人の希望と主治医の見通しを確認しておくことが大切です。
まず確認するのは本人の希望
厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、本人への適切な情報提供と説明を前提に、本人による意思決定を基本としています。
どこで過ごしたいか
状態が悪くなっても施設で過ごしたいのか、必要なら病院で治療を受けたいのかを確認します。
何を大切にしたいか
「できるだけ長く生きたい」「苦しい治療は避けたい」「家族と一緒に過ごしたい」など、本人が大切にしていることを聞きます。
具体的な医療行為だけでなく価値観を聞く
心肺蘇生や人工呼吸器などの言葉だけでは、本人が判断しにくいことがあります。
まずは「どのような状態なら病院へ行きたいか」「何を一番避けたいか」など、本人の価値観から話す方法があります。
本人の意思は一度決めたら固定ではない
厚生労働省は、人生の最終段階の医療・ケアについて、本人の意思は心身の状態等に応じて変化する可能性があるため、繰り返し話し合うことを重視しています。
病状が変われば考えも変わる
以前は「絶対に入院したくない」と話していても、実際に強い苦痛が出ると病院治療を希望することがあります。
生活場所が変われば考えも変わる
施設の生活に慣れ、「ここで最期まで過ごしたい」と希望が変わることもあります。
定期的に確認する
入居時だけでなく、入退院後、病状悪化時、看取り期へ移行するときなどに方針を見直します。
本人が意思表示できない場合はどうする?
認知症や意識状態の低下によって、本人が意思を伝えられないことがあります。
以前の本人の言葉を確認する
元気な頃に話していた希望、人生観、価値観、医療への考え方を家族等で振り返ります。
本人の推定意思を尊重する
厚生労働省のガイドラインでは、家族等が本人の意思を推定できる場合、その推定意思を尊重し、本人にとって最善の方針をとることを基本としています。
推定できない場合も家族だけで決めない
本人の意思が分からない場合は、本人にとって何が最善かについて家族等と医療・ケアチームが十分に話し合います。
「救急搬送しない=何もしない」ではない
施設で看取りを希望する場合でも、医療・介護がなくなるわけではありません。
痛みを和らげる
痛みがある場合は医師へ報告し、必要な薬や体位調整等で苦痛を和らげます。
息苦しさに対応する
楽な姿勢への調整や、医師の指示に基づく医療的対応を行います。
口腔ケア・清潔保持
食事・水分量が低下しても、口腔ケア、清拭、排泄介助などを続けます。
家族との時間を支える
面会や付き添いを調整し、本人が安心できる環境を整えます。
終末期でも救急搬送を検討する場面はある
「看取りを希望しているから絶対に救急搬送しない」と一律に決めるのは適切ではありません。
治療で苦痛を軽減できる可能性がある
転倒による骨折、強い出血など、病院での検査・治療が本人の苦痛軽減につながる場合があります。
予想していた終末期変化と違う
主治医が説明していた経過とは異なる急変が起きた場合は、別の治療可能な病気がないか医療的な判断が必要です。
本人の希望が変わった
本人が意思表示でき、「病院へ行きたい」と希望した場合は、その意思を踏まえて医療職と相談します。
救急搬送を控える方針を考える場面
一方、人生の最終段階で、本人が施設で穏やかに過ごすことを明確に希望している場合があります。
病状の自然な経過としての変化
食事量が徐々に減る、眠っている時間が長くなる、呼吸の様子が変化するなど、主治医から説明されていた経過である場合があります。
病院搬送の負担が大きい
救急外来での検査や環境変化が、本人に大きな苦痛・混乱を与えることがあります。
施設で症状緩和できる
訪問診療医・看護職員等の支援によって、施設内で苦痛を和らげながら過ごせる場合があります。
こうした場合でも、最終的な方針は本人の意思、医学的判断、施設の対応能力を踏まえて話し合います。
心肺停止時の方針も別に確認する
「救急搬送を希望するか」と「心肺停止時に心肺蘇生を希望するか」は、同じ意味ではありません。
心肺蘇生の希望を確認する
心臓や呼吸が止まった場合に心肺蘇生を希望するかについて、医師から本人・家族へ分かりやすく説明してもらいます。
搬送の希望とは分けて考える
心肺蘇生は希望しなくても、骨折や感染症の治療では病院搬送を希望する人もいます。
曖昧な言葉で終わらせない
「延命治療はしません」という一言だけでなく、心肺蘇生、救急搬送、入院治療などを分けて確認してください。
DNARという言葉だけで判断しない
医療現場では、心停止・呼吸停止時に心肺蘇生を行わない方針についてDNARという言葉が使われることがあります。
DNARはすべての治療を行わない意味ではない
心肺蘇生に関する方針と、肺炎の治療、骨折治療、疼痛緩和などは分けて考える必要があります。
家族だけで医学的な意味を判断しない
主治医から、本人の病状では具体的に何を意味するのか説明を受けます。
施設にも内容を共有する
「DNARあり」とだけ伝えるのではなく、救急搬送・治療・看取りについてどのような方針なのかを共有してください。
施設で看取りを希望するなら事前に確認すること
01
看取り対応の有無
施設内で看取りを行っているか、実際の対応実績を確認します。
02
夜間の看護体制
看護師が施設内にいるのか、オンコールなのかを確認します。
03
医師への連絡
夜間・休日に状態が変化した場合、誰がどの医師へ連絡するのかを確認します。
04
苦痛緩和
痛み・息苦しさ等にどのように対応できるか確認します。
05
家族への連絡
どの段階で家族へ連絡し、夜間面会・付き添いができるか確認します。
急変時の連絡順序を決めておく
方針が決まっていても、夜間に誰へ連絡するか決まっていなければ現場は迷います。
施設職員から看護師へ
夜勤介護職員がどの症状で看護職員へ報告するか確認します。
看護師から医師へ
訪問診療医・協力医療機関など、連絡先と対応時間を確認します。
施設から家族へ
家族の第一連絡先・第二連絡先を決め、深夜でも連絡してよいか共有します。
119番通報の判断
どのような場合に主治医への連絡を優先し、どのような場合に救急要請するのか、施設の運用と本人の方針をすり合わせます。
「施設で看取りたい」と伝えるだけでは不十分
本人・家族が施設看取りを希望しても、施設が対応できる範囲には限界があります。
対応できない症状を聞く
大量出血、強い呼吸苦など、施設内では対応困難となる場面を確認します。
医療処置の範囲を確認する
酸素、点滴、疼痛緩和等について、施設内でどこまで対応できるか確認します。
状態変化で方針が変わる可能性を考える
入居時には看取り可能でも、必要な医療が増えて施設では対応困難となる場合があります。
「施設で最期まで」が必ず実現するとは限らない
施設の看護・医療体制や本人の病状によっては、本人・家族が施設看取りを希望していても病院での治療が必要になることがあります。どのような場合に搬送を検討するかを事前に聞いておきましょう。
家族会議では何を話せばよい?
家族だけで「救急車を呼ぶか」を決めるのではなく、本人の希望を整理するための話し合いを行います。
家族で確認したい内容
- 本人はどこで最期まで過ごしたいと言っていたか
- 本人が一番避けたいことは何か
- 回復の可能性がある治療は受けたいか
- 病院への搬送そのものを嫌がっているか
- 心肺蘇生について本人はどう考えているか
- 強い痛みや骨折なら病院治療を希望するか
- 家族の考えではなく本人の価値観を共有できているか
家族の意見が割れたらどうする?
終末期の方針では、家族同士の意見が一致しないことがあります。
多数決で決めない
重要なのは家族の希望を競うことではなく、本人が何を望んでいたかを考えることです。
主治医から病状説明を受ける
家族が医学的な見通しを十分理解していないことが、意見の違いにつながっている場合があります。
医療・ケアチームを交えて話す
厚生労働省のガイドラインでは、家族等の中で意見がまとまらない場合などには、複数の専門家からなる話し合いの場で方針を検討・助言する考え方が示されています。
人生会議(ACP)を活用する
厚生労働省は、もしものときに備え、本人が望む医療・ケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取組を「人生会議(ACP)」として案内しています。
元気なうちから話してよい
看取り期になってから突然始めるのではなく、入居時や病状が安定している時期から話し合えます。
本人の価値観を中心にする
「救急車を呼ぶか」だけではなく、本人がどのように生きたいか、何を大切にしているかを確認します。
繰り返し話す
病状や気持ちが変わったら、その都度方針を見直します。
話し合った内容は書面で共有する
本人・家族が話し合っていても、夜勤職員や救急時の担当者が知らなければ方針を実行できません。
施設の看取り方針書等を確認する
施設独自の意思確認書、看取り介護計画等がある場合は、内容を確認します。
主治医の説明内容も記録する
病状、今後の見通し、急変時対応について、家族が理解した内容を記録しておきます。
最新の方針を共有する
以前の書類と現在の本人の希望が違う場合は、最新の方針が分かるよう更新します。
救急搬送する場合に備えて準備すること
施設看取りを希望していても、搬送が必要になる場合はあります。
搬送時に確認しやすくしておく情報
- 現在の病名・治療内容
- 内服薬
- アレルギー
- 主治医・かかりつけ医療機関
- 本人の意思・ACPの記録
- 心肺蘇生に関する方針
- 家族の緊急連絡先
- 健康保険・医療に関する資格確認情報
施設へそのまま聞ける質問
急変・救急搬送の確認項目
- 看取り期の急変時はまず誰へ連絡しますか
- 夜間に医師へ連絡できますか
- どのような状態では救急搬送を勧めますか
- 救急搬送を希望しない方針はどのように共有しますか
- 心肺停止時の方針はどの書類で確認しますか
- 本人・家族の希望はどの程度の頻度で見直しますか
- 強い痛みや呼吸苦が出た場合、施設内で何ができますか
- 家族へはどの段階で連絡しますか
- 夜間でも家族は面会・付き添いできますか
- 救急搬送後、退院すれば施設へ戻れますか
主治医へ確認したいこと
主治医へそのまま聞ける質問
- 現在は人生の最終段階と考える状態ですか
- 今後どのような変化が予想されますか
- どの症状は自然な経過として考えられますか
- どのような場合は病院治療で改善が期待できますか
- 施設内で苦痛を和らげることはできますか
- 心肺蘇生についてどのように考えればよいですか
- 救急搬送を控える場合の医療体制はどうなりますか
- 夜間・休日に急変したらどこへ連絡すればよいですか
こんな決め方は避ける
家族の負担だけで決める
「夜中に呼び出されるのが大変だから搬送しない」など、家族の都合だけで本人の医療方針を決めないようにします。
一度の説明だけで固定する
病状や本人の意思は変化するため、以前の方針をそのまま適用するのではなく必要に応じて見直します。
「延命治療」という曖昧な言葉だけで決める
心肺蘇生、人工呼吸、点滴、抗菌薬、入院、救急搬送などを一括りにせず、本人に関係する医療を具体的に確認します。
施設だけに判断を任せる
施設は重要な支援者ですが、本人の意思確認や医学的判断を含む方針決定は、本人・家族等・医療・ケアチームで進めます。
入居時から急変時方針を確認しておく
終末期になってから初めて考えるより、入居時から施設の急変時対応を確認しておくと安心です。
救急搬送の基本方針
発熱、転倒、意識障害などがあった場合、施設がどのように判断するか確認します。
看取りへ移行するときの手続き
主治医・本人・家族・施設がどのタイミングで話し合うのか確認します。
方針を変更する方法
本人・家族が考えを変えた場合に、誰へ伝え、どの書類を更新するのか確認してください。
まとめ|急変前に本人の希望と医療上の見通しを共有する
終末期に救急搬送を希望するかどうかは、家族だけで「する・しない」を決める問題ではありません。
厚生労働省のガイドラインでは、人生の最終段階における医療・ケアについて、本人への適切な情報提供と説明を前提に本人の意思決定を基本とし、多職種からなる医療・ケアチームで方針を決めることが重視されています。
また、本人の意思は変化する可能性があるため、人生会議(ACP)として、本人・家族等・医療・ケアチームが繰り返し話し合い、その内容を共有していくことが大切です。
最も重要なのは、「救急車を呼ぶか」だけを決めるのではなく、「本人は何を大切にしたいか」「どのような状態なら病院治療を希望するか」「施設でどこまで苦痛を和らげられるか」を具体的に共有しておくことです。
急変時に初めて家族が重い判断を背負わなくて済むよう、状態が安定している段階から主治医・施設と話し合い、最新の本人の希望を記録しておきましょう。