老人ホームで看取りを考えるとき、「DNARにしたら救急車は呼ばれないのか」「心肺蘇生を希望しない=病院へ行かないという意味なのか」と迷う家族は少なくありません。
DNARは、心停止・呼吸停止の際に心肺蘇生を行わないという医療上の方針であり、すべての治療や救急搬送を一律に行わないという意味ではありません。老人ホームでは、本人の希望、病状、家族の意向、医師の判断、施設の看護・医療体制を踏まえて、急変時にどこまで対応するかを具体的に決めておくことが重要です。
まず結論|DNARと「救急搬送しない」は別に確認する
DNARは、心停止・呼吸停止時に心肺蘇生を行わないという方針であり、「発熱しても受診しない」「骨折しても搬送しない」「苦痛を和らげる治療をしない」という意味ではありません。老人ホームの看取り方針では、①心肺蘇生、②救急搬送、③入院治療、④点滴・酸素・抗菌薬等の治療、⑤苦痛緩和、を分けて確認し、本人の意思を基本に医療・ケアチームと繰り返し話し合って文書で共有することが重要です。
DNARとは何か
DNARは「Do Not Attempt Resuscitation」の略で、心停止または呼吸停止となったときに心肺蘇生を試みないという医療上の方針です。
対象は心肺蘇生の場面
DNARが問題になるのは、心停止・呼吸停止が起きたときに、胸骨圧迫、人工呼吸、除細動などの心肺蘇生を行うかどうかという場面です。
本人が元気に会話できている段階の日常ケアや、すべての医療行為を止めるという意味ではありません。
「何もしない」という意味ではない
DNARであっても、痛みや呼吸苦の緩和、発熱への対応、必要な看護、本人が希望する治療などは別に検討します。
日本集中治療医学会も、DNAR指示が心停止時の心肺蘇生以外の治療制限へ安易に拡大されるべきではないという考え方を示しています。
IMPORTANT
DNAR=治療中止、DNAR=救急搬送しない、DNAR=看取り確定、ではありません。それぞれ別の判断として確認してください。
DNARと救急搬送は分けて考える
老人ホームでは、DNARの確認と同時に「急変時に救急搬送するか」が話題になることがあります。
DNARでも救急搬送することはある
心肺停止ではない状態で、骨折、強い痛み、呼吸苦、出血などが起きた場合、本人の希望や医学的必要性によっては病院へ搬送することがあります。
「DNARだから救急車を呼ばない」と一律に決めるのではなく、どの状態なら搬送するかを個別に確認します。
救急搬送しない方針でも治療をすべて止めるわけではない
施設内で看取りを希望し、原則として病院搬送しない方針を選ぶ場合でも、酸素投与、疼痛緩和、体位調整、口腔ケアなど必要な医療・ケアを続けます。
施設内で何ができるか、何ができないかを事前に確認してください。
看取り方針は本人の意思を基本に決める
厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、本人による意思決定を基本とすることが最も重要な原則とされています。
本人が意思表示できるうちに確認する
「心肺蘇生をどうしたいか」「入院治療を希望するか」「最期をどこで過ごしたいか」など、本人が考えられる段階で話し合います。
一度決めた内容でも、病状や気持ちが変われば見直して構いません。
本人の価値観まで確認する
単に「延命治療を希望しない」という言葉だけでなく、何を大切にしているのかを聞くことが重要です。
苦痛を減らしたい、自宅や施設で過ごしたい、家族との会話を大切にしたいなど、本人の価値観が具体的な医療・ケア方針を考える手がかりになります。
ACP(人生会議)として繰り返し話し合う
厚生労働省は、もしものときに備えて、本人が望む医療・ケアについて家族等や医療・ケアチームと前もって考え、繰り返し話し合って共有する取組を「人生会議(ACP)」としています。
一度の署名で終わりにしない
病状が変化すると、本人の希望も変わることがあります。
入居時、状態変化時、看取り期など、節目ごとに内容を確認してください。
話し合った内容を記録する
厚生労働省のガイドラインでは、話し合った内容をその都度文書にまとめて共有することが重視されています。
口頭だけにせず、施設記録、診療記録、看取り方針書などで関係者が確認できる状態にします。
本人が意思表示できない場合の考え方
認知症の進行や意識障害などで、本人の意思を確認できないことがあります。
以前の本人の意思を推定できる場合
家族が「本人は以前からこう話していた」と分かる場合は、その推定意思を尊重し、本人にとって最善の方針を検討します。
過去の会話、ACP記録、事前指示書などが参考になります。
本人の意思を推定できない場合
家族等と医療・ケアチームが十分に話し合い、本人にとって何が最善かを検討します。
家族の希望だけで決めるというより、本人の価値観やこれまでの生き方、医学的妥当性を踏まえて考えることが重要です。
家族だけでDNARを決めるものではない
家族から「心肺蘇生はしないでください」と希望があっても、それだけで自動的にDNARが成立するわけではありません。
医師を含む医療・ケアチームで方針を確認する
本人の病状、予後、蘇生によって期待できる効果や負担などについて説明を受け、医療・ケアチームで検討します。
本人が意思表示できる場合は本人の意思が基本です。
家族は本人の意思を支える役割
本人が意思表示できないとき、家族は本人がどう考えていたかを伝える重要な役割があります。
「家族としてどうしてほしいか」だけでなく、「本人ならどう考えるか」という視点で話し合ってください。
心肺蘇生について具体的に確認する
「延命治療をしない」という言葉だけでは、具体的な対応は分かりません。
胸骨圧迫
心停止時に胸を強く圧迫し、血流を維持しようとする処置です。
高齢者や骨が弱い人では骨折等の負担も生じ得るため、本人の状態と期待される効果について医師から説明を受けてください。
人工呼吸
気管挿管や人工呼吸器管理まで希望するのかを確認します。
施設内で対応できる範囲と、病院へ搬送した場合に行う処置は分けて確認してください。
除細動等
心停止の原因によっては除細動などが検討されます。
DNARを選択する場合に、どの蘇生行為を行わない方針なのか医師の説明を受けます。
救急搬送するケース・しないケースを具体的に決める
「救急搬送しない」という一言だけでは、施設職員も急変時に判断しにくくなります。
01
骨折・外傷
転倒して強い痛みや変形がある場合に病院へ搬送するか確認します。
看取り方針があっても、苦痛を減らすための治療が必要になることがあります。
02
感染症・発熱
肺炎や尿路感染が疑われる場合に、施設内で治療するのか、病院へ搬送するのかを確認します。
抗菌薬・点滴等をどこまで希望するかも一緒に話し合います。
03
呼吸困難
酸素投与や苦痛緩和を施設内で行うのか、呼吸状態によって病院へ搬送するのかを確認します。
本人が「苦しい状態をできる限り和らげてほしい」と希望する場合、その実現方法を具体化してください。
04
意識低下・脳卒中疑い
急な意識障害や麻痺などが出た場合に救急搬送するかを事前に検討します。
治療可能性と本人の希望を踏まえて方針を決めてください。
施設内でできる医療を確認する
救急搬送を控える方針を選ぶなら、施設内でどこまで苦痛を和らげられるかが重要です。
酸素投与
呼吸苦がある場合に酸素を使用できるか確認します。
夜間も対応できるか、酸素機器を常備しているかも施設によって異なります。
点滴・注射
脱水や症状緩和のための点滴等をどこまで行うか確認します。
看護職員の勤務時間や医師の指示体制によって、対応できる時間帯が異なることがあります。
疼痛・呼吸苦の緩和
鎮痛薬などを用いて苦痛を和らげる体制があるか確認します。
看取りでは「治す治療」だけでなく、本人の苦痛を減らす医療・ケアが重要です。
夜間・休日の死亡確認体制を確認する
施設で看取りを希望する場合は、亡くなったときに誰が死亡確認するかも重要です。
夜間に医師が来られるか
常勤医、訪問診療医、協力医療機関など、誰が死亡確認を行うのかを確認します。
夜間はすぐ来られず、一定時間待つ場合もあります。
死亡確認まで救急搬送する運用になっていないか
施設によっては、看取り契約がない場合や医師との連携が整っていない場合に救急要請が必要になることがあります。
施設内看取りを希望するなら、夜間・休日を含めた医師との連携体制を確認してください。
施設の看取り方針と本人の希望が一致するか確認する
老人ホームによって、看取りに対応できる範囲は異なります。
看取り実績を確認する
年間でどの程度施設内看取りを行っているか、どのような状態まで対応しているかを聞きます。
件数だけでなく、医師・看護師・介護職員の役割分担を確認してください。
救急搬送を基本とする施設もある
夜間に看護師がいない、医師との看取り連携が弱いなどの理由で、急変時は救急搬送を原則としている施設もあります。
本人が「最期まで施設で過ごしたい」と希望するなら、入居前に方針が一致するか確認することが重要です。
DNAR確認書・看取り同意書の内容を読む
施設によっては、DNARや看取りに関する書面を作成します。
署名しただけで終わらせない
書面の名称より、具体的に何を行う・行わないと記載されているか確認します。
「救急搬送を希望しない」の範囲が、心停止時だけなのか、発熱・骨折等も含むのかを確認してください。
本人の意思変更時に修正できるか確認する
一度署名しても、本人の希望や病状が変われば方針を見直す必要があります。
変更方法や、誰へ伝えればよいかを施設へ確認してください。
急変時に職員が迷わない情報共有が重要
看取り方針が決まっていても、夜勤職員まで共有されていなければ実際の急変時に混乱します。
記録場所を確認する
DNAR・救急搬送方針が施設のどの記録に残るのか確認します。
救急隊へ伝える情報としてすぐ取り出せる状態かも重要です。
家族の連絡順位を決める
急変時に第一連絡先がつながらない場合、誰へ次に連絡するか決めておきます。
深夜でも連絡してほしいのか、一定の状況では朝まで待ってよいのかも確認すると実務上役立ちます。
救急隊へDNARを伝える方法も確認する
施設が救急要請した場合、救急隊は現場で限られた情報をもとに対応します。
施設内の方針がそのまま救急現場で扱われるとは限らない
DNARの意思確認や医師との連絡状況によって、救急現場での対応が変わる場合があります。
施設・主治医・地域の救急体制で、DNAR情報をどのように共有しているか確認してください。
曖昧な状態で救急要請しないために事前確認する
看取りを希望しているのに、急変時に慌てて救急要請し、その後に家族と施設の認識が違ったということがないよう準備します。
「どの状態なら主治医へ連絡し、どの状態なら119番するか」を具体的に決めておくことが大切です。
家族が後から迷いやすいポイント
「何もしなかった」と感じてしまう
心肺蘇生を行わない選択をすると、家族が後から「もっと何かできたのでは」と悩むことがあります。
DNARでも、苦痛緩和や本人らしい時間を支えるケアは続きます。何を行わないかだけでなく、何を行うかも確認してください。
兄弟姉妹で意見が分かれる
一人は救急搬送を希望し、別の家族は施設看取りを希望することがあります。
本人の意思が分かるうちに家族も交えて話し合い、記録を共有しておくと認識差を減らせます。
病状が変わって考えが変わる
「今は入院したくない」と思っていても、実際に苦痛が強くなったときに希望が変わることがあります。
方針は固定せず、状態変化に応じて見直してください。
入居前・看取り開始前に施設へ聞きたい質問
DNAR・救急搬送について確認する質問
- 施設で看取りはできますか
- DNARはどのように確認しますか
- DNARでも救急搬送するケースはありますか
- 骨折・出血・発熱の場合は搬送しますか
- 呼吸困難時に施設内で何ができますか
- 点滴・酸素・鎮痛薬等はどこまで対応できますか
- 夜間・休日の看護師体制はどうなっていますか
- 夜間の急変時は誰が医師へ連絡しますか
- 死亡確認は誰が行いますか
- 夜間に医師が来られない場合はどうしますか
- DNAR・救急搬送方針はどこに記録しますか
- 本人が意思変更した場合はどう見直しますか
家族で話し合う項目
本人の希望として整理したいこと
- 心停止時に心肺蘇生を希望するか
- 人工呼吸器管理を希望するか
- 急変時に病院へ搬送してほしいか
- 肺炎等で抗菌薬治療を希望するか
- 点滴を希望するか
- 苦痛を和らげる治療をどこまで希望するか
- 最期を施設・病院・自宅のどこで過ごしたいか
- 本人が意思表示できない場合に誰の話を参考にしてほしいか
- 方針を見直すタイミング
入居時だけでなく状態変化時に見直す
DNARや看取り方針は、一度決めれば永久に同じというものではありません。
病状が進行したとき
食事量低下、寝たきり、呼吸状態悪化などが進んだ場合は、今後どの医療・ケアを希望するか再確認します。
医師から予後や治療選択肢の説明を受けたうえで話し合ってください。
本人の考えが変わったとき
本人が「やはり病院で治療を受けたい」「最期までここにいたい」と考えを変えることがあります。
本人の意思変更を尊重し、記録も更新してください。
施設の対応力が変わったとき
本人の医療ニーズが増え、現在の施設では苦痛緩和や看取りが難しくなる場合があります。
その場合は、本人の希望に近い医療機関・施設への住み替えを検討します。
DNARだけを決めても、看取り方針は完成しない
心肺蘇生の有無だけでなく、救急搬送、入院治療、点滴・酸素・抗菌薬、苦痛緩和、死亡確認まで具体的に話し合う必要があります。本人の希望は変化し得るため、定期的に見直してください。
施設を比較するときの優先順位
01
本人の意思を丁寧に確認する文化がある
入居時に書類へ署名させるだけでなく、状態変化ごとに本人・家族と話し合う施設を優先します。
ACPを一度きりの手続きではなく、継続的な意思決定支援として行っているか確認してください。
02
救急搬送とDNARを分けて説明できる
「DNARなら搬送しません」と単純化せず、場面ごとの対応を説明できる施設が望ましいです。
本人の希望と医学的必要性を踏まえて具体的な方針を作れるか確認します。
03
施設内で十分な苦痛緩和を行える
施設看取りを希望するなら、酸素、疼痛緩和、医師連携、夜間対応などを確認します。
「病院へ行かない」という選択を支えるには、施設内で何ができるかが重要です。
まとめ|DNARは「心肺蘇生」、救急搬送は別に考える
老人ホームの看取り方針でDNARを確認するときは、「DNAR=すべての治療をしない」と考えないことが重要です。
DNARは心停止・呼吸停止時の心肺蘇生に関する方針であり、救急搬送、入院、抗菌薬、点滴、酸素、苦痛緩和などはそれぞれ別に検討します。
厚生労働省のガイドラインでも、本人の意思決定を基本に、家族等や医療・ケアチームと十分に話し合い、状態変化に応じて繰り返し確認し、内容を文書で共有することが重視されています。
「DNARにしますか」と一つだけ決めるのではなく、「どの場面で、どの治療を希望し、どこまで施設で過ごしたいか」を具体的に話し合うことが、老人ホームで本人の希望に沿った看取りを実現するためのポイントです。